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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)1374号 判決

原告

山田博

右訴訟代理人

下島正

右訴訟復代理人

野村和造

被告

園部一豊

被告

株式会社マックホームズ

右代表者

園部一豊

右被告両名訴訟代理人

高木徹

被告

宮本都

主文

一  被告宮本都は原告に対し、金九〇五五万円及び内金八五〇五万円に対する昭和五八年一一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告宮本都に対するその余の請求並びに被告園部一豊及び被告株式会社マックホームズに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告宮本都との間においては、原告に生じた費用の三分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告園部一豊及び被告株式会社マックホームズとの間においては全部原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金九三五〇万円及び内金八八〇〇万円に対する昭和五八年一一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告園部、同株式会社マックホームズ(以下「被告会社」という)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  被告宮本

請求の趣旨中、金七〇〇〇万円及び内金六四五〇万円に対する昭和五八年一一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分につき、

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

なお、被告宮本は、本件訴訟中に所在不明となり、同被告の訴訟代理人も辞任したため、その後に原告のした請求の変更による請求拡張部分に対する答弁はない。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告宮本は、原告がその所有する別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という)を担保に金融を得て、従姉妹の訴外佐藤静子の美容室開業を援助したいと考えていることを知つたことから、原告を欺罔して本件土地建物を騙取しようと企て、知り合いの被告園部と共謀のうえ、昭和五二年九月ころ、原告に対し、「親類の不動産会社を経営する被告園部が、本件土地建物を会社の社員寮として無償使用させることを条件に三年間無利子で一〇〇〇万円貸してくれる。」などと虚偽の事実を述べ、右借受けの下打ち合わせに必要であるとして原告から本件土地の権利証及び本件建物の建築確認申請書の交付を受け、更に、そのころ原告に対しその意思もないのに食品類の輸出入を行う会社の設立発起人となることを要請し、原告から実印及び印鑑証明書等の交付を受けたうえ、原告不知の間に右権利証、建築確認申請書、実印、印鑑証明書等を冒用して、本件土地につき東京法務局城北出張所昭和五二年一〇月一九日受付第八〇三七六号により同年同月一七日付売買を原因とする被告会社に対する所有権移転登記を、本件建物につき同法務局同出張所同年一一月九日受付第八六三一五号により被告会社を所有者とする所有権保存登記を、それぞれ経由した後、被告会社は、本件土地建物を訴外株式会社丸竹商事に売渡し、同法務局同出張所同年一一月二五日受付第九一二九二号により、同年同月二四日売買を原因とする所有権移転登記を経由した。

2  その後、訴外株式会社丸竹商事は、昭和五二年一二月三日に本件建物を取り壊し、本件土地を足立区竹の塚一丁目一六番八、同番二二に分筆したうえ、右一六番八の土地を同年同月二六日に訴外関根亮藏に売渡し、右一六番二二の土地を昭和五三年五月一二日に訴外相原勝利に売渡し、それぞれ所有権移転登記を経由した。

3  仮に、被告園部が1項記載の行為を被告宮本と共謀して行つた事実が認められないとしても、被告園部は、被告宮本との間で原告を売主とし被告会社を買主とする本件土地建物の売買契約を締結するにあたり、不動産業にたずさわる者として、直接原告に面接するか電話するなどして被告宮本の代理権の存否を調査し、取引関係者に不測の損害を被むらせることのないようにする義務があつたにもかかわらず、これを怠り、右の点について調査しないまま売買契約を締結し、更に本件土地建物を訴外株式会社丸竹商事に売渡した過失がある。

4  被告園部は、不動産業を営む被告会社の代表取締役であり、被告園部の1項及び3項記載の各行為は、被告会社の職務を行うにつきなされたものである。

5  原告は、被告宮本及び同園部の前記不法行為により次の損害を被つた。

(一) 本件土地建物の価格 金八八〇〇万円

前記不法行為当時において、本件土地の価格は金五四〇〇万円を、本件建物の価格は金七三五万円をそれぞれ下らなかつたが、その後本件土地建物の価格はいずれも騰貴し、昭和五八年一一月一日現在における本件土地の価格は金七八〇〇万円を、本件建物の価格は金一〇〇〇万円をそれぞれ下らない。そして、土地建物の価格が全般的に値上りする傾向にあることは周知の事実であるから、被告らは、右土地建物価格の騰貴につき予見可能性があつた。

(二) 弁護士費用 金五五〇万円

原告は、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、東京弁護士会所定の着手金及び報酬基準の範囲内の金額を支払うことを約した。右金額は金五五〇万円を下らない。

6  よつて、原告は、被告宮本、同園部に対し民法七〇九条により、被告会社に対し商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により各自金九三五〇万円及び弁護士費用を除く金八八〇〇万円に対する不法行為後の昭和五八年一一月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告園部及び被告会社

(一) 請求原因1の事実のうち、本件土地につき原告主張の被告会社に対する所有権保存登記が、本件建物につき原告主張の所有権保存登記がそれぞれなされていること及び被告会社が本件土地建物を訴外株式会社丸竹商事に売渡し、その旨の所有権移転登記がなされたことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同2の事実は不知。

(三) 同3の事実は否認する。

(四) 同4の事実のうち、被告園部が不動産業を営む被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余は否認する。

(五) 同5の事実のうち、(一)は否認し、(二)は不知。

2  被告宮本

(一) 請求原因1の事実のうち、本件土地につき原告主張の被告会社に対する所有権移転登記がなされていることは認め、被告会社が本件建物の保存登記をし、本件土地建物を訴外株式会社丸竹商事に売渡してその旨の所有権移転登記がなされたことは不知、その余の事実は否認する。

(二) 同2の事実は不知。

(三) 同5の事実はいずれも争う(ただし、昭和五八年一一月一日現在における本件土地建物の価格に関する事実についての認否はない。)。

第三  証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、次の各事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

1  原告は、大学を卒業後中央競馬会所属の厩舎に勤め経理事務等を担当していたが、昭和五二年一月ころから、友人の訴外温泉川孝及び同訴外人を通じて知り合つた訴外下川柳一らと共同して、マレーシアに現地法人を設立して海老、魚粉等を日本に輸入する事業を行うことを計画し、現地法人である「ペナン喜柳」を設立するなどしたが、右計画は中途で行き詰まつたため、別途訴外下川、被告宮本及び原告らを中心に、シンガポールに現地法人の「喜柳」を設立して日本風レストランを営業することが計画されその準備が進められた。

2  ところで、原告は、被告宮本とは昭和四九年ころに同じ厩舎に勤めていた訴外佐藤勝男の内縁の妻として知り合い、その後原告の紹介で同被告は前記シンガポールにおけるレストラン経営事業に加わるようになつていたものであるが、右事業を準備中の昭和五二年九月ころ、原告は、従姉妹の訴外佐藤静子が美容室を開業するのを援助するため、原告所有の本件土地建物を担保にして金融を得たい旨を被告宮本に話したところ、同被告から、知り合いの被告園部が本件土地建物を被告会社の寮として無償で使用させてくれるならば、金一〇〇〇万円を三年間無利子で貸すと言つている旨を聞き、そのころ右借受けの交渉を被告宮本に依頼し、その交渉に必要な書類として本件土地の権利証及び本件建物の建築確認書を同被告に預けた。また、原告は、同年一〇月ころに、被告宮本からシンガポールのレストランと一緒に土産品の販売店等を行うため会社を設立したいとの話しをもちかけられ、その会社設立手続に使用させるため同被告に原告の実印を数日間預けたほか、印鑑証明書も交付した。

3  ところが、被告宮本は、昭和五二年一〇月に、前夫の従兄弟で被告会社を経営する被告園部に対し、本件土地建物を売却したい旨申し込み、同年一〇月一七日、原告から交付を受けていた本件土地の権利証、実印、印鑑証明書等を冒用し、原告に無断で原告の代理人として本件土地建物を被告会社に対し代金三〇〇〇万円で売渡す旨の売買契約を締結したうえ、本件土地につき東京法務局城北出張所昭和五二年一〇月一九日受付第八〇三七六号により右売買を原因とする被告会社への所有権移転登記をし(右登記がなされた事実は、当事者間に争いがない。)、また被告会社は、被告宮本から交付を受けた本件建物の建築確認書等を使用して、同建物につき同法務局同出張所同年一一月九日受付第八六三一五号により、被告会社を所有者とする所有権保存登記を経由した(右登記がなされた事実は、被告園部及び被告会社との関係では争いがない。)。

4  その後、被告会社は、本件土地建物を同年一〇月二一日に不動産業者の訴外株式会社丸竹商事に対して代金三八二五万八七五〇円で売渡し、同法務局同出張所同年一一月二五日受付第九一二九二号により、同年同月二四日売買を原因とする所有権移転登記がなされ(これらの事実は被告園部及び被告会社との関係では争いがない。)、更に訴外株式会社丸竹商事は、同年一二月三日に本件建物を取り壊し、本件土地を足立区竹の塚一丁目一六番八、同番二二に分筆したうえ、右一六番八の土地を同年同月二六日に訴外関根亮藏に売渡し、右一六番二二の土地を昭和五三年五月一二日に訴外相原勝利に売渡し、それぞれ所有権移転登記が経由された。

二原告は、被告宮本が右に認定したとおり、原告に無断で本件土地建物を被告会社に売渡したことについて、被告園部が被告宮本と共謀をしていた旨主張するが、右共謀の事実を認めるに足りる証拠はない。

三次に原告は、被告園部が、被告宮本と本件土地建物の売買契約を締結する際に、被告宮本の代理権の存否の調査を怠つた過失がある旨主張するので、以下これを検討する。

1  〈証拠〉によれば、被告園部は、被告会社の代表取締役であるが、昭和五二年一〇月一〇日前後ころ、従兄弟の前妻で以前から親交のあつた被告宮本から、シンガポールで日本風レストランを経営する事業を原告と共同で行つているが、その事業資金に充てるため原告所有の本件土地建物を至急売却したい旨の依頼を受け、現地を調査したところ、本件建物はプレハブ製の事務所居宅であるため取引上の価値は認められないが、本件土地は坪六〇万円前後なら転売することが十分可能であるとの調査結果を得、これに被告会社の利益や転売が直ちにできない場合の損失等を考慮して代金三〇〇〇万円(坪約五〇万円)なら本件土地建物を買受けてもいいとの返答を被告宮本にしたところ、その後被告宮本から右代金による売買契約を締結したい旨の申し込みがあつたため、同年一〇月一七日の昼ころに被告会社の事務所で被告宮本が原告を同行したうえ売買契約を締結する約束になつていたが、当日の昼ころに被告宮本から電話で原告がシンガポールへの渡航準備のため忙しく、契約の締結を夕方まで待つて欲しい旨の連絡があり、同日の夕方に被告宮本がひとりで被告会社の事務所を訪れ、原告は忙しいためどうしても来れないので、原告から契約締結に必要な書類等を全部預つてきた旨述べ、その言のとおり原告の実印、印鑑証明書、本件土地の権利証、本件建物の建築確認書等を持参していたことから、被告園部は、被告宮本が原告から本件土地建物の売買契約を締結する権限を与えられているものと信じて、それ以上に原告に直接面会したり電話をするなどして右権限の有無を調査しないまま本件土地建物の売買契約を締結し、同日小切手で代金の内金二五〇〇万円を被告宮本に支払い、同年一一月二二日に本件土地建物の引渡を受けて残代金五〇〇万円を現金で被告宮本に支払つたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  次に、〈証拠〉によれば、被告会社は、被告宮本と本件土地建物の売買契約を締結後、これらを転売するため、本件土地建物の所在する足立区竹の塚付近の不動産業者にあたり、その中から訴外株式会社丸竹商事を転売先に選択し、昭和五二年一〇月二一日に同訴外会社に対し本件土地建物を代金三八二五万八七五〇円(坪当り約六三万五〇〇〇円。なお、本件売買においても本件建物は取引上の価値が無いものとして本件土地だけの価格によつている。)で売渡したこと及び当時、原告は本件土地建物の所在地に住所を有していたが、、被告園部は、本件土地建物売買の交渉過程で被告宮本から、原告は、近くシンガポールへ渡航するため、既に本件建物から他に移転し、同建物には居住していない旨告げられており、現に被告園部や被告会社の従業員及び前記丸竹商事の代表取締役濡髪解造らが、被告会社と被告宮本の売買契約締結の前後及び前記丸竹商事と被告会社の売買契約締結の前後に数回にわたり本件土地建物を見分に赴き、被告会社が被告宮本から交付を受けていた本件建物の鍵を使用して、同建物内に立ち入つたこともあるが、その間これらの者が原告と出会つたことは一度もないばかりか、同建物には人の居住していることを窺わせる家財等もほとんど存在しなかつたことが認められ、原告本人尋問の結果中一部右認定に反する部分は証人濡髪解造の証言等に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3 ところで、一般に不動産の売買取引において、売主の代理人と称する者に代理権がなかつた場合には、民法上の表見代理が成立するか、本人が追認しない限り買主は不動産の所有権を取得しないこととなるが、他方買主が右不動産を更に転売したり、建物を滅失させるなどした結果、本人において右不動産に対する所有権の行使を妨げられ若しくはこれが不可能となることもありうるから、自称代理人から不動産を買受けようとする者には、取引通念に従つてその代理権の存否を調査し、自己の取引行為によつて本人に不測の損害を生じさせることのないようにすべき注意義務があり、これを怠つて本人に損害を被らせたときは、民法七〇九条により右損害を賠償すべき責任があると解される。

そこで、前記認定の事実関係を前提として、被告園部に右に述べたような過失があつたかどうかを判断するに、被告宮本は、被告園部と本件土地建物の売買契約を締結するにあたり、原告の実印、印鑑証明書、本件土地の権利証、本件建物の建築確認書等、取引通念からすると原告から右契約締結の代理権を当然授与されていると考えられる一切の書類等を所持していたのであるから、他に右代理権の存在につき疑念を抱かせるような特段の事情のない限り、被告園部は、原告に面会し或いは電話するなどして直接右代理権の存否を確認することまでの調査義務を負担するものではないと解すべきである。そして、右契約締結に至る経緯には、被告宮本が、原告を契約締結の際に同行する旨述べながら、急に原告が忙しいため来れないとして被告園部に原告を会わせないまま契約を締結しようとした点等に、若干の不審を感じさせる余地が全くなかつたとはいえないものの、被告園部は、被告宮本とは以前から親交のあつた間柄にあつて、被告宮本の述べることを信用したのも無理からぬ面があつたと考えられることに、本件土地建物を買受けるにあたつては、被告園部及び被告会社の従業員らが現地を実際に見分し、原告の居住状況等も確認していることや、本件土地建物の売買代金額は、その後の転売価格等に照らし特に不相当なものということもできないことなどの点を考慮すると、被告園部が、右契約締結にあたり、原告に対し被告宮本の代理権の存否を調査しなかつたことをもつて、直ちに取引通念上当然に要求される注意義務を怠つたものと解することはできず、他に、右調査をしなかつたことが被告園部の過失にあたるものと判断すべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

4  そうすると、被告園部に過失があつたことを前提とする同被告及び被告会社に対する損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

四進んで、被告宮本の不法行為により原告に生じた損害を検討する。

1  本件建物は、被告会社が訴外株式会社丸竹商事に転売後、同訴外会社によつて取り壊されたことは前記のとおりであるが、被告会社は不動産業者であつて、被告宮本は、本件建物を被告会社に売渡したときには、本件土地を処分する都合上、本件建物が取り壊される可能性があることも予測できたと認めることができるから、原告に対し本件建物の滅失による損害を賠償すべきである。

そして、〈証拠〉によれば、本件建物は、昭和五一年一〇月ころに坪当り金三〇万円の費用で建築され、本件建物の床面積は七七・七六平方メートル(約二三・五坪)であるから、建築費は金七〇五万円を下らなかつたことが認められる。

原告は、本件不法行為後の建物価格の騰貴により、昭和五八年一一月一日現在における本件建物の価格は金一〇〇〇万円を下らない旨主張し、証人温泉川孝の証言によれば、その証言時の昭和五七年一一月現在で本件建物を建築しようとすれば、その建築費は坪当り金五〇万円(建物全体では金一一七五万円)を下らないことが認められるが、建物の価格は日時の経過による老朽化に伴い低減することは顕著な事実であつて、昭和五一年一二月以降の建物の建築費の騰貴が、本件建物が存在したとすれば当然に生じる老朽化による価格の低下を上回つていたものと即断することはできないから、本件建物の昭和五八年一一月一日現在における価格が同建物の前記新築価格金七〇五万円を上回るものとは認められない。そして、本件建物が滅失した昭和五二年一二月三日時点において、同建物は建築後一年二か月位経過しているが、右経過期間の程度にその間の建物価格の一般的な騰貴も考慮すると、右時点における本件建物の価格は前記新築価格金七〇五万円を下らないものと認めるのが相当である。従つて、原告は、本件建物の滅失により金七〇五万円の損害を生じたものであり、他方、これを上回る損害を認めるに足りる証拠はない。

2  本件土地について

本件土地は、被告会社が訴外株式会社丸竹商事に転売し、同訴外会社は同土地を二筆に分筆したうえ、訴外関根亮藏及び同相原勝利に転売したことは前記のとおりである。

ところで、被告宮本は、原告から本件土地を被告会社に売渡す代理権を与えられていなかつたのであるから、被告会社の買受けについて表見代理が成立しない限り、原告は本件土地の所有権を喪失せず、従つてその限りにおいて訴外関根及び同相原らから、本件土地の返還と登記名義の回復を受ける余地があるというべきである。

しかし、無権代理行為について表見代理の成否を訴訟前に判断することはしばしば困難を伴う場合があり、既に認定した事実関係からすると、仮に原告が本件土地の現在の登記名義人である訴外関根らに対し、登記名義の回復等を求める訴を提起したとしても、その訴訟において被告会社に表見代理の成立が肯定される可能性もないとはいえず、無権代理人である被告宮本との関係において、右表見代理の成否によつて生じる危険を原告に負わせることは妥当ではないと考えられるから、このような場合には、右表見代理の成否を問題とするまでもなく、原告は被告宮本に対し、本件土地所有権の価格を損害として、その賠償を求めることができると解するのが相当である。

そこで、右損害額につき検討するに、証人濡髪解造の証言によれば、本件土地の価格は、本件不法行為時の昭和五一年当時においては坪当り金六〇万円ないし、金六五万円であつたが、その後の土地価格の騰貴により、昭和五八年一一月一日現在では少なくとも坪当り金一三〇万円となつていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、不法行為により所有権を喪失した場合の損害賠償額は、原則として右喪失時の目的物の価格によるべきであるが、右目的物の価格が不法行為後も騰貴を続けているという特別の事情を、不法行為者において当該不法行為時に知り又は知り得た場合には、右騰貴価格による損害賠償を求めることができると解される。

そして、本件不法行為当時に土地価格が程度の差はあれ、全般的に騰貴を続ける傾向にあつたことは周知の事実というべきであり、被告兼被告会社代表者尋問の結果によれば、本件土地は東武伊勢崎線の竹の塚駅から徒歩で五、六分の住宅街に所在することが認められ、このような位置に所在する土地が昭和五一年以降も継続的に騰貴することを、被告宮本は、本件不法行為当時に当然知り得たものと推認することができる。そうすると、原告は被告宮本に対し、昭和五八年一一月一日現在における本件土地価格による賠償を求めることができ、既に認定した右時点における本件土地の坪当りの価格金一三〇万円に本件土地の坪数(約六〇・二五坪)を剰ずると、右賠償額は原告主張の金七八〇〇万円を下らないものと認められる。

3  弁護士費用について

原告が、本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任していることは記録上明らかであり、本訴の審理経過、認容額等を考慮すると、少なくとも原告主張の金五五〇万円は、被告宮本の不法行為によつて支出することを余儀なくされた弁護士費用と認められる。

五以上によれば、原告の請求は、被告宮本に対し金九〇五五万円及び内金八五〇五万円に対する損害額算定基準時の昭和五八年一一月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、被告宮本に対するその余の請求及び被告園部、被告会社に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官寺尾 洋)

物件目録

(一) 東京都足立区竹の塚一丁目一六番八

宅地 一九九・一八平方メートル

(二) 同所一六番地八

家屋番号 一六番八の一

鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建事務所居宅

一階 三八・八八平方メートル

二階 三八・八八平方メートル

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